March 31, 2009

ふるさと筑紫おもしろ講座

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■2009,3,20(金)

■場 所;九州国立博物館

■テーマ;「太宰府は日本の首都だった」

福岡県太宰府の地元宅建業界から招聘されて講演をすることになった。推薦していただいた筑紫支部のAさんは、先月のNPO法人東アジア交流学院での公開講座にもきていただいて、郷土の知られざる古代史に興味を持たれてもっと多くの人に知ってもらいたいと考えてある方だ。

講演に先立ち紹介していただいた支部長さんからは、「太宰府は日本の首都だった」というタイトルは非常に刺激的だとおっしゃってあったが、われわれ古代史研究の仲間内ではある意味常識となっている。古田武彦氏の九州王朝説が、なかなか一般に浸透していないと感じさせられる一こまであった。

それでも来場者は、九州国立博物館の研修室がほぼ満席となる100人くらいの参加があった。九州王朝についての中身はべつとして、地元の知られざる歴史を広めたいとの主催者の意図は達成されたのではないだろうか。

講演の内容については、著書の「太宰府は日本の首都だった」を読んでいただければ幸いだが、理化学的年代測定=C14測定によればと九州のほとんどの遺跡は現在判断されているよりももっと古いと言うことだ。

このことは、大和王権によって建築・建造されたとされるものではなく、それに先立つ九州王朝の存在を示しているものと考えられる。この点を細かく説明したつもりだが、どの程度理解していただけただろうか。このことについては、今年7月の久留米大学での公開講座でさらに詳しくお話しさせていただくつもりである。

  

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March 30, 2009

今年度、最後の馬頭琴演奏会

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■2009,3,19(木)

■場 所;久留米市立山川小学校

今年度も多くの小学校に馬頭琴の演奏会に招かれた。前回の高良内小学校で最後になると思っていたら、山川小学校のA先生から連絡をいただき急きょ山川小学校でも馬頭琴の演奏会を開くことになった。

久留米市内の小学校では、2年生の国語の教材に「スーホーの白い馬」があるので、全ての小学校に演奏会の機会はあるのだが、残念ながら全部の学校にはなかなか行くことはできない。

ドランさんも今年大学を卒業するので、来年からはスケジュールにも余裕ができそうではある。彼女は卒業しても帰国せずに福岡に残り働くことになったから、これからも馬頭琴の演奏会が続けられることを大変嬉しく思う。

初めてうかがう小学校なので、いつもよりは少し緊張して訪問したが、子どもたちの表情はやっぱりどこも同じで生き生きしている。私たちが民族衣装で現れると歓声が上がる。(笑)

今回もこちらの方が、演奏会を楽しませていただいた。感謝!

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March 29, 2009

今年も高良内小で馬頭琴演奏会

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■2009,2,25(水)

■場 所;久留米市立高良内小学校

昨年に引き続き今年も、久留米市立高良内小学校で馬頭琴の演奏会を開くことができた。国語の教材に「スーホーの白い馬」があるからとはいえうれしい限りである。

この小学校でも地域の校区プランとして、同じ中学校の校区内の小学校が連携して馬頭琴の演奏会に取り組んである。したがって、出かけたのは高良内小学校だがお隣の青峰小学校からも2年生の子どもたちがやって来ている。

同じ校区内の小学校の連携は、前回の善導寺小学校と同じである。違う小学校の子どもたちが、一緒に何かに取り組み交流して親しみが持てるのは大変意義があることだと思う。

今回もご一緒したドラン(王静)さんとは、毎年いくつかの小学校におじゃましているが、いつも子どもたちの真剣なまなざしと笑顔に出会えることを期待している。

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March 25, 2009

2009年2月 公開講座 その1

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■2009,2,22(日)

■テーマ;「卑弥呼と神武が明かす古代」part1

===記紀に隠された古代の謎に迫る===

■講 師;内倉 武久 NPO法人東アジア交流学院・学院長

2月の公開講座は、当学院長が昨年出版された「卑弥呼と神武が明かす古代」から、特に伊都国にまつわる古代史の謎に迫ってみた。一般的に志賀島から発見されたとされる金印について、その読み方の検証から始まった。

■要 旨;その1

志賀島から発見された金印。江戸時代に近くの畑に水を引くための水路を作る作業中に、百姓甚平ら2人が発見したとされる。発見した彼らが、黒田藩の役所に届け出たことで現在まで保存されることとなった。

金印は、中国の史書「漢書地理史」に倭国王に下賜した(A.D57)ことが記載されていることから、その時の金印であるとされている。したがって、「漢委奴國王」は「かんのわのなのこうおう」と読むのが一般的である。福岡市博物館の展示にも、そのように説明されている。

しかし、それは間違いである。

金印は、天子の子=侯王に下賜されるものであるから、倭国の中の一地方王である奴国に下賜されるのはおかしい。漢王朝の直接柵封を受けた国に下賜されるべきものである。当然、日本列島を代表する国であると漢王朝に認められなければならない。

「漢委奴國王」の漢は、漢王朝の漢である。委は、人偏が省略された倭であるとして、日本の古代の呼び名である「ワ=wa」と読んでいる。そして、奴は福岡市の近くを那の津と言っていたことから、三国志魏志倭人伝に出てくる奴国を当てている。この考えは間違っていると言える。

倭という字は、「わ」とは読めない字である。漢の時代の発音と意味を解説した「説文解字」には、漢の時代の古音が表されている。それには、倭は「ヰ=wi」と表記されている。同類の書である11世紀北宋の「集韻」によれば、中古音では「ゥワ=uwa」、呉音では「ワ=wa」となっている。また、奴は「ド=do」である。ただし、呉音では「ヌ=na」または「ナ=na」と発音する。

したがって金印の読み方は、漢王朝時代のものであるから、当然漢時代の発音で読みべきである。そしてなおかつ、日本列島を代表する国の王に送られたものであるから、「漢委奴(ヰド=wido)國王」と読まねばならない。

そのように考えると、かつて怡土郡(前原市)にあった伊都国の王に下賜されたと考えた方が自然である。金印は、当時日本列島を代表した伊都国王がもらったものである。

 

 

 

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March 24, 2009

初級中国語・韓国語教室のご案内

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■2009,3,25(水)
初級中国語・韓国語教室のご案内
当、東アジア交流学院は、2004年5月に特定非営利活動法人(NPO法人)東アジア交流学院として発足しました。古代史の歴史講座や中国・韓国への青少年交流の旅など数多くの事業を展開して来ました。

現在、古代史を中心とした公開講座や各種語学教室を開催しています。今後、東アジアでの交流が広がり深まることを考え、特に初級中国語・韓国語教室を拡充し開催しています。

つきましては、NPO法人東アジア交流学院開催の中国語・韓国語教室(いずれも会話が中心)での語学習得や文化交流に参加される方を募集いたします。これを機会に、中国や韓国に関心をお持ちの方が多数参加されることを期待いたします。

●NPO法人東アジア交流学院 学院長;内倉 武久

▼▼▼概要▼▼▼



f8e4df39.JPG 初級中国語教室1

■開 催;月4回・毎週金曜日開催(第五週は休み)
■時 間;19:00〜20:50(50分×2)
■講 師;顧 紅英(グ ホンイン)久留米大学・博士課程修了;翻訳業



cae61b0f.JPG 初級中国語教室2

■開 催;月4回・毎週土曜日開催(第5週は休み)
■時 間;13:30〜15:20(50分×2)
■講 師;彭 瑛(ポン イン)久留米大学経済学部学士課程



cf9769f8.JPG 初級韓国語教室1

■開 催;月4回・毎週土曜日開催(第5週は休み)
■時 間;9:30〜11:20(50分×2)
■講 師;? 銀敬(ジョ ウンギョン)久留米大学・大学院修士課程



3eb405b5.JPG 初級韓国語教室2

■開 催;月4回・毎週水曜日開催(第5週は休み)
■時 間;19:00〜20:50(50分×2)
■講 師;安 淳花(アン スンファ)九州日韓文化交流会・韓国語講師



d2946c6c.JPG はじめての韓国語教室

■開 催;月4回・毎週日曜日開催(第5週は休み)
■時 間;9:30〜11:20(50分×2)
■講 師;堀江 真史(ほりえ まさふみ)福岡工業大学・学士課程
●費 用;各教室4,000円/月(6ヶ月分前納)
●募 集;各教室8人(少人数学習)
●連絡先;NPO法人東アジア交流学院・事務局
●住 所;久留米市天神町116 永利ビル2−D 0942−35−2849
●E-mail;higuetado@yahoo.co.jp
※尚、このブログのコメントを利用していただいても結構です。   続きを読む
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March 05, 2009

2009年1月 公開講座 その2

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■2009,1.25(日)

■テーマ;「高良山周辺の伝承」

===高良山山麓を散策して・・・===

■講 師;古田 茂さん NPO法人東アジア交流学院

■要 旨;その2

●高良山神籠石(こうらさんこうごいし)

神籠石とは?

神籠石の初見は、中世に描かれたとされる「絹本著色高良大社縁起」の山内図に「神籠石」の名が見える。さらに、中世頃に編纂された「高良玉垂宮神秘書」は、高良大社参道にある磐座(いわくら)=馬蹄石を神籠石と云い、列石遺構については「八葉の石畳」と紹介している。江戸時代には「高良山八葉石記」や、久留米藩士矢野一貞が著した「筑後将士軍談」などに紹介されている。

1898年(明治31年)、小林庄二郎により高良山の列石遺構を神籠石として紹介し、北部九州に同様の列石遺構が存在したことにより歴史学者の注目するところとなり、「神籠石」が遺跡の名称となり、以後学術用語として使用されるようになった。

1900年(明治33年)に八木壮三郎が他の地域の神籠石を調査し、山城として紹介した。また、1902年(明治35年)に喜田貞吉は、列石の状況を見て山城説を否定し、神域であると発表し、学会において山城説と神域説の神籠石論争が始まった。

1962年(昭和37年)に佐賀県おつぼ山神籠石で初めて発掘調査が実施され、その結果、山城として報告され神籠石論争の終焉を迎えつつあるが、学会においては未だ「神籠石」の名称をなくすまでのは至っていない。

※「歴史散歩 20」 発行;久留米市教育委員会より 

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March 02, 2009

「幻の鉄の王国伽耶と新羅」の旅

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■2009,2,28(土)

■2009年5月「幻の鉄の王国伽耶と新羅」の旅

■主 旨;日本と韓国の古代交流の歴史を認識し、個と個のつながりを広げ深めて、今後の東アジアの友好親善に生かす。

■内 容;韓国の慶州、金海の史跡や博物館などを訪れ、日本と韓国の古代からの交流の歴史を検証する。

■期 日;2009年5月2日(土)から5月5日(火)まで

■団 長;内倉 武久 NPO法人東アジア交流学院学院長

■連絡先;NPO法人東アジア交流学院 久留米市天神町116 2−D

      TEL・FAX;0942−35−2829

■交 通;JR九州高速船ビートル(往復)利用

■宿 泊;釜山 釜山フェニックスホテル

     金海 金海民俗宿舎

     慶州 慶州コーロンホテル

■参加費;1人=55,000円(2人1室利用)

※画像は、金海市の金首露王陵(キムスロワンルン)。

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