February 15, 2007

はじめての韓国語教室 「料理教室」

b69761ee.JPG ■はじめての韓国語教室のはじめての「料理教室」
2007,2,14(水)

はじめての韓国語教室で、はじめての「料理教室」を開催しました。(笑)語学の習得だけでなく、料理や伝統芸術などの韓国文化に触れて楽しむことや、韓国の方々との交流を深めることも当学院の語学教室の特徴になっています。

つい先日は、大韓民国光州(コワンジョン)広域市からの忠壮(チュンジャン)芸術団の団員のホームスティも引き受けました。異文化交流は、イロイロと難しい面もありますが、教室の皆さんは、日頃の語学学習の成果を十二分に発揮されたようです。ほんとかなぁ〜・・・!(苦笑)

臨時講師の順子さん〈画像の左端の方〉の送別会を兼ねた「春節のつどい」です。順子さんには、ずいぶんいろいろとお世話になりました。送別会というのに、料理まで作っていただいてチョンマルヨ カムサハムニダです。おかしな韓国語で、ミアナムニダ。(笑)

今回の韓国料理の先生は「文 蓮實(ムン ヨンシル)」〈画像の右端に方〉さんです。つい先日福岡に来られたばかりですが、なぜか今までとても長くいらしたかのように、気さくにしかもエネルギッシュに活動されてある方です。

教室の皆さんたちと、チヂミやイカの和え物そしてキムチチゲを作りました。作り方を丁寧にやさしく、そしてとても親切に教えて頂きました。野菜の切り方から盛りつけの仕方まで、くわしく身振り手振りで時にはユーモアをまじえての楽しい指導でした。

料理のお味は、唐辛子がふんだんに使われていて、けっこう辛かったけどとても美味しい韓国料理を堪能させていただきました。文先生、順子先生、どうもありがとうございました。教室の生徒一同、感謝申しあげます。カムサハムニダ。

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February 10, 2007

今年も馬頭琴演奏会

6a5d3fcf.JPG ■今年も善導寺小学校で馬頭琴演奏会
2007,2,9(金)

今年も屏水校区の四小学校交流会に招かれて、2月9日(金)に馬頭琴の演奏を披露しに出かけた。私たちが会場に入ると、善導寺小学校、大橋小学校、山本小学校、草野小学校の二年生約150人が、歓迎の合唱を披露してくれた。とても大きな声で元気よく歌ってくれて嬉しかった。

馬頭琴の演奏はここ数年、久留米大学留学生のドラン(王 静)さんである。彼女は、中国内モンゴル自治区・フフホト市出身のモンゴル族である。日本に来て4年を終える。日本語国家検定一級にも合格した!はじめて会ったときは、まだ日本語の会話も・・・(笑)でもドランさんは、日本語の勉強を頑張ったんだね。

まずドランさんには子どもたちが、一番待っていた「スーホーの白い馬」を演奏してもらった。小学校二年生の国語の教科書に教材として載せられているので、子どもたちはモンゴルの大草原での生活や馬頭琴についてある程度学習している。その馬頭琴の演奏を初めて体験するのである。

「スーホーの白い馬」「走馬zouma」「おかあさんmama」それに「なだそうそう」を演奏した。「なだそうそう」の時は、一緒に歌ってくれて楽しかったなぁ・・・途中、地図で内モンゴルの場所を紹介したり、パネルで大草原での生活を紹介したり、小学校の先生にモンゴルの民族衣装を着てもらったりと学習と交流を進めさせてもらった。

今回も大橋小学校のH先生、善導寺小学校のS先生に大変お世話になりました。馬頭琴の演奏を通して、子どもたちと楽しい時間を過ごさせて頂きありがとうございました。謝謝!感謝!多謝!そして、再見!

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February 05, 2007

久留米市日中友好通信 VOL.46

7cbee362.JPG 2007.2.5(月)発行
★今年も歌や踊りで交流!「春節のつどい」開催!★
===2月4日(日)久留米大学中国留学生学友会主催!久留米市御井校区コミュニティーセンターで・・・!===

今年も旧正月の「春節」を前に、久留米大学中国留学生学友会(会長;龍 騰さん)のみなさんが、日頃お世話になっているという感謝を込めて、地元御井町の皆さんを招待して「春節のつどい」が御井校区コミュニティーセンターで開催されました。

今年で5回目を迎えて、久留米市日中友好協会からも7人が参加させて頂きました。中国人留学生の皆さんたちに、朝から料理の準備をして歓待して頂きました。とても美味しい本場の中華料理をご馳走になりました。

また5回目という事もあり、中華人民共和国駐福岡総領事館からも教育担当の魏 能涛(ウェイ ノンタオ)さんも夫妻で参加されました。

今回も歌あり踊りありと、とても楽しい日中の交流会となりました。留学生学友会の皆さんや地元御井校区コミュニティーセンターの皆さんに、感謝申し上げます。ありがとうございました。

■ご案内(予定)
◎2月24日(土)きよた信治(市日中顧問)「春の集い」 18:00 ニュープラザ
◎3月 7日(水)福岡県日中友好協会理事会 13:00 福岡市庁舎
◎3月10日(土)久留米市日中友好協会理事会 10:00 国際サロン              ●3月29日(木)中野育子さん(元久留米市日中理事)一周忌

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February 04, 2007

2007年2月 公開講座のご案内

463cc60e.JPG 2007.2.3(土)
学院長;内倉 武久

1月の公開講座では、「井 真成の故郷を探して」part1と題して、「井 真成」の出身を検証しました。現在、大阪の藤井寺の渡来人の出身で遣唐使の一人ではないかとの説が流されていますが、「井」一族の末裔と考えられる人々が九州の阿蘇地方に存在されていることがわかっています。

さて、2月の公開講座は、唐の都・西安で発見された墓誌に刻まれた「井 真成」の故郷ではと考えられる阿蘇・産山にフィールドワークを実施します。産山では、「井」一族の井 典吾さんからお話を聞いたり、家紋などを見せて頂く予定です。

また、井 典吾さんのところでは民宿「山の里」を開いておられますので、昼食は肥後牛の焼き肉を堪能したいと思っています。ぜひ、多くの方のご参加をお待ち致します。

■1,日 時;2007年3月4日(日) 8:30出発
■2,集 合;NPO法人東アジア交流学院久留米事務所
       久留米市天神町116永利ビル2−D
■3,テーマ;「井 真成の故郷を探して」part2・「井 真成」の出身を検証する
■4,講 師;内倉 武久さん NPO法人東アジア交流学院:学院長
■5,参加費;6000円(昼食代を含む)
■6,コース;久留米〜産山村(井 典吾さんとの懇談)〜産山乙宮阿蘇神社〜阿蘇一の宮(阿蘇神社)〜国造神社〜古墳群〜久留米16:30帰着予定

■7,問い合わせ;事務局:0942−35−2849 携帯:090−3324−9540

※当初予定は、2月25日(日)でしたが、急きょ3月4日(日)に変更しています。年間計画で予定されていた方々には申し訳ありません。万障繰り合わせの上ぜひ、ご参加ください。  
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February 02, 2007

NPO法人東アジア交流学院 新年会

c30beb28.JPG 2007年1月27日(土)

1月公開講座修了後、当交流学院事務所の階下にあるかくれ家「あるじゃん」で新年会を行った。このお店は、事務所に最も近いこともあって、よく利用させて頂いている。公開講座には間に合わなかった会員も、新年会には間に合うよう駆けつけてくれた。感謝!公開講座のあと参加できなかった方には、残念!このつぎは是非!

話題は当然、今回の講座のテーマである「井 真成」さんのことであった。が、それも次々に変わるのはしょうがないことでしょうね。それでも、会員の皆さんたちとの宴会は愉快だった。

来月のフィールドワークでは、この仲間たちと「井 真成」の故郷を訪ねてみることが楽しみである。皆さん、当日は少し早起きをしましょうね。(笑)  続きを読む
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February 01, 2007

2007年1月 公開講座 その2

c66e8a68.JPG テーマ;「井 真成の故郷を探して」part1
 「井 真成」の出身を検証する

疑問だらけの専門家の意見
国史学者らの意見をもとに、新聞各紙がこれに乗って、「井 真成は関西、しかも藤井寺あたりの出身で、遣唐使の一人だった」とさかんに報じた。

私は、この報道を見て、まず「そんなことはないだろう」と思った。人が死んだ時、その人の姓を違う姓にしたり、簡略化するなどということは考えにくい。むしろあり得ない可能性の方が高い。中国の史書・旧唐書には、「井 真成」と同じ頃、遣唐使として中国に渡った阿部仲麻呂は、中国の風を慕って日本名を改め、「朝衡」と名乗ったと記録されている。

しかし、これは特殊な例だろう。何らかの理由で、仲麻呂は帰国しないことを決め、中国人として唐の朝廷に仕えようと思ったからそうしたのであろう。実際、仲麻呂は帰国せず、彼の地で亡くなった。

だが、彼の墓誌が見つかって、そこに「朝衡」とだけ記されていたということもない。墓誌があるとすれば、普通は「本姓阿部 字仲麻呂 国号日本 中国名朝衡」などきちんと刻まれるだろう。

あるいは、同じく中国に渡った小野妹子が彼の地で「蘇因高」と名乗った、と書記は伝える。国史学者は、仲麻呂や妹子の例もあるから「井 真成」も中国での通称名ではないか、と考えたようだ。  続きを読む
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