July 29, 2006

久留米市日中友好通信 VOL.34

4f29742e.JPG ★豪雨の中で熱戦!★
7月22日(土)、許さんを団長とする合肥市少年サッカーチーム(和平小学校チーム選手15人、引率9人)がレインボーカップ参加のために来久しました。当日はあいにくの豪雨で、筑後川安武河川敷が使えず、安武南部浄化センターグランドでの開催となりました。グランドコンディションが悪い中、和平小学校チームは、全力で熱戦を繰りひろげました。また、韓国の大邱(テグ)市からも少年サッカーチームが来てゲームを楽しみました。

◎ご案内(予定)
■8月 2日(水)〜7日(月) 合肥市中学生友好代表団来久
 予定:4日(金) くるめ水の祭典パレード参加 13:00〜 明治通り
    5日(土) 市日中主催「引率者歓迎夕食会」 18:00〜 新龍月

■8月12日(土) 久留米市日中友好協会理事会 10:00〜 市民会館1F

■8月16日(水)〜23日(水) 久留米市中学生合肥友好大使訪中

■9月 2日(土)〜10日(日) 日本青年交流代表団訪中(中野・江藤)

■9月 6日(水) 福岡県日中友好協会理事会 13:00〜 福岡市庁舎  続きを読む

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July 28, 2006

久留米市日中友好通信 VOL.33

bbf25e0a.JPG ★中国映画会「至福のとき」開催!★
7月8日(土)えーるピア久留米の視聴覚ホールに於いて、中国を正しく知り知らせる事業として、市日中友好協会主催の中国映画会が開催されました。今年はチャン・イーモウ監督の、幸せ三部作のひとつ「至福のとき」でした。午前中の会員のみの試写会を入れて、180人以上の方々に鑑賞して頂きました。また、今年は久留米市社会福祉協会のチャリティー事業としての後援もあり、映画会会場では募金活動も行われました。鑑賞して、また募金して頂いた方々に心よりお礼申し上げます。

★日本青年交流代表団に久留米から二人参加!★

日本中国友好協会では、9月に青年交流代表団を中国に派遣します。この代表団に福岡県日中友好協会を代表して、久留米から久留米大学の学生二人が派遣されることが決定しました。中野大輔さん、江藤桂子さんの二人は、9月2日〜10日まで北京、武漢、上海を訪問して交流を深め帰国します。お二人には、しっかりと交流し相互理解を深めて、さらに広い視野で日中友好に活躍して頂きたいですね。
◎ご案内(予定)
■7月21日(金)〜25日(火)
 合肥市少年サッカーチーム来久(レインボーカップ参加のため)
 試合:22日(土) 筑後川安武河川敷
    23日(日) 鳥栖スタジアム

■8月 2日(水)〜7日(月)
 合肥市中学生友好代表団来久(友好都市訪問)
 予定:4日(金) くるめ水の祭典パレード参加
    5日(土) 引率者歓迎夕食会

■8月12日(土) 久留米市日中友好協会理事会 10:00〜 市民会館1Fサロン

■9月 6日(水) 福岡県日中友好協会理事会 13:00〜 福岡市庁舎  続きを読む
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July 16, 2006

2006年7月 公開講座のご案内

6月は「今だからこそ、子どもたちを東アジアへ・・・」と題して、当学院副学院長の田所さんに、NPO法人東アジア交流学院の「中国・韓国交流の旅」の原点を語っていただきました。

7月の公開講座は、「伽耶の神話は、日本神話の原点」と題して、当学院長の内倉 武久さんに講義をしていただきます。伽耶(韓国南端にあったとされる古代朝鮮四国の中の国)の神話には、驚くほど日本神話と重なるものがたくさんあります。

今年の韓国交流の旅の事前学習も兼ねていますので、参加者の皆さんも是非ご出席下さい。

 ●日 時:2006年7月23日(日) 10:00〜

 ●場 所:NPO法人東アジア交流学院・久留米事務所
  久留米市天神町116 永利ビル2−D TEL0942−35−2849

 ●内 容:「伽耶の神話は、日本神話の原点」 日本神話の謎に迫る

 ●講 師:内倉 武久 NPO法人東アジア交流学院・学院長  
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July 15, 2006

台湾 故宮博物院

理事長の部屋・アラカルト
 故宮博物院を訪ねて

◎この4月初め、台湾へ出かけた。台北にある故宮博物院を見学するためだ。北京には故宮博物館があり、こちらの方は4半世紀前に見学した。いずれも中国の歴代王朝が莫大な費用を投じて集めた「お宝」を納めている。

◎第二次世界大戦の後、共産党軍に追われて台湾に逃げた国民党の蒋介石らが、北京の博物館の「お宝」を貨車70数両に載せ、密かに持ち出したという。

◎台北市の博物院は、市北東部の郊外にあり、現在改修中ということだったが、白壁に橙色の中国風瓦をのせたわりと簡素な造り。清時代の宮城をそっくり利用し、規模雄大な北京の博物館とは比べようがない。

◎しかし、展示物はたしかにすごい。2000年ほど前の漢時代の陶器や、北宋時代の磁器が今窯から出てきたばかり、と思おうほどつややかな光沢を放っている。一点数百万円、数千万円という逸品がずらりと並んでいる。

◎北京の博物館は、おかげで「お宝」はきわめて少ない、というかほとんどない。しかし、大国の皇帝がどんな暮らしをしていたかがよくわかるし、戦後に発掘された出土品もあって、勉強にはなる。

◎台北の博物院の展示物は、骨董趣味のある人にとっては垂涎の的だろう。が、僕はお金にはあまり縁のない男ということもあるのだろう、「お宝」をみてもその美術的な美しさ以外、ほとんど感動しなかった。別世界だ。  
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July 14, 2006

2006年6月 公開講座

■今だからこそ、子どもたちを東アジアへ・・・

●NPO法人東アジア交流学院、「中国・韓国交流の旅」の原点を語る。
 NPO法人東アジア交流学院 副学院長 田所 寛和

要 旨

当交流学院は、1990年に東アジア研究会として東アジアの古代の歴史研究を進めてきたことから始まる。それは、先の戦争15年戦争がなぜ起きたのか?日本人はなぜ中国や韓国・朝鮮に対して偏見と差別を持っているのか?等々多くの疑問が学校教育の現場で感じられた仲間によって始められた。

当時の研究会の中心は故吉留 路樹氏で、彼の記紀研究を学ぶことから始まった。当時の私は記紀については、神話であって古代の歴史を反映されていないものであるくらいの認識であった。しかし、講義を聴き始めるとそれは全くの認識不足であることを痛感させられた。

その学習が進んできた1993年、東アジア研究会は初めて中国・青島を子どもたちと一緒に訪れた。それは、現在もNPO法人東アジア交流学院のメインスローガンとなっている「一人の日本人が100人の中国人とポンユウになっていたら、あの15年戦争はなかっただろうし、一人の日本人が10人の朝鮮人とチングになっていたら、あの日帝による36年の支配はなかった。」を具体化させる事業だった。参加した子どもたちと青島第17中学の子どもたちとの交流は、大成功をおさめた。その後、翌1994年には上海・南京を、1995年には韓国を訪れた。

1996年6月に、歴史研究を継続しながらも教育を通した活動を充実させるために、東アジア研究・交流会と名称をあらためて再出発をはかった。そして、96年大連・瀋陽、97年上海・合肥、98年青島・北京、99年青島・西安、00年北京・フフホト、01年青島・曲阜、02年北京・内モンゴル、03年オキナワ、04年上海・青島、05年青島・瑯耶台と、交流事業を継続してきた。この間、参加した子どもたちは、のべ200人を越えている。

2000年には、21世紀に向けて多様化する東アジアの情勢をふまえ、日常的な国際交流を強化し、平和な東アジア社会の建設に貢献できる、広い視野と世界観をもった人材を育成するために、会の名称を「東アジア交流学院」に改称した。また、2004年には、特定非営利活動法人(NPO法人)東アジア交流学院として現在に至っている。

今年度も夏休みを利用して、韓国交流の旅を計画している。当学院の交流の旅もであるが、久留米市が実施している友好都市合肥への中学生友好大使派遣事業への子どもたちの参加が少ない現状がある。

中国でのSARS問題や小泉首相の靖国参拝に対する中国・韓国国民の対日感情の悪化を懸念している、そのような保護者が増えている事が原因ではないかと考えられる。日本と中国・韓国(北朝鮮を含む)の間には、まだまだ解消されていない問題が山積していることは事実である。

だからこそ、1対1あるいは個と個の交流が必要な時である。自分個人としてもNPO法人東アジア交流学院としても、中国や韓国には交流を広め深めようと考えている数多くの友人たちがいる。そのことを大切に今後も交流事業に取り組んでいく。

  
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