November 29, 2005

11月 公開講座 伊都国フィールドワーク

楽しく古代史のなぞを探る!
「神話の里」前原市で野外教室


11月27日、NPO法人東アジア交流学院が主催する今年度初めての野外教室が、「神話の里」糸島半島で催されました。定員ぎりぎりの19人が参加。秋の紅葉を楽しみながら、「作り話である」とされている古事記、日本書紀の神話や伝承が、実は、事実を基にした物語であることを確かめ、日本の古代史が相変わらず歪んだままであることに思いをはせました。

まず、バスのなかで内倉講師が、糸島半島がなぜ「神話・伝承のふるさと」であるかについて解説。後に神武天皇と贈り名された「サノのみこと」の兄弟や父親、始祖「ニニギのみこと」ら「伊都国王朝」の人々を祭る飯石神社、高祖神社、記紀に出てこない神武兄弟の姉を祭る産宮神社などを訪ね、天照大神の岩戸隠れの時、鏡を作ったという伝承と関係があるとみられる平原弥生墳丘墓出土の大鏡などを伊都国歴史博物館で見学。

さらに記紀に記された「神武歌謡」に出てくる「宇陀の高城」「伊勢の海の大石」の現場を訪れた。最後は芥屋大門(けやのおおと)が「筑紫の日向(ひなた)の小戸の立ち鼻(橘)」の岬であり、祝詞や書紀にある禊(みそぎ)の現場がここであった可能性を考え、日向峠を通って帰途についた。

5ffbc476.JPG最初に、飯石神社を訪れた。参加者は、神社の縁起を確かめる。この神社の祭神は、御食入沼の命。玉依姫の子で、神武天皇の兄にあたる。神武は奈良の橿原で即位し、第一代の天皇とされる。その兄が、ここに、なぜまつられているのか?

8ae89c0d.JPG3月20日の福岡西方沖地震で壊れた、ご神体を納めた石の祠の修理が行われていた。
69b43ef5.JPG飯石神社の境内。縁起を見ても、いかにも歴史の深さを感じさせる神社である。 f8b3e5c7.JPG高祖神社の境内。高祖山の山麓にある。祭神は、彦火々出見の命、玉依姫の命、息長足姫の命の三柱である。この山には吉備真備が作ったとされる朝鮮式山城の怡土城があり、山麓には版築工法で築かれた土塁がある。土塁は確認されているだけでも約1.6kmの長さがある。また、五カ所の望楼跡、二カ所の建物跡、数カ所の水門が確認されている。

4ca3d36d.JPG高祖神社の境内で、講師の内倉氏の説明を聞く。ここの祭神は、彦火々出見の命(山幸彦)である。「海彦山彦」の神話を思い出した。前原にある神社でももっとも古く、創建はつまびらかでない。 b1ebfdee.JPG細石神社を訪れる。祭神は、磐長姫と妹の木花開耶姫(日向第一代ニニギのみことの妃)である。 日向第一代とは伊都国の初代王であるのか?近くには、伊都国王墓とされる、三雲南小路遺跡がある。周辺は田畑が広がっているが、かつてはそれこそ神聖な場所であったのだろう。

f1caeb5e.JPG細石神社の境内から東を望む。高祖神社がある高祖山とクシフル岳を正面に見ることができる。少し右手には日向峠を望むことができる。東にのびる道は、古代のメーンストリートだ。 この神社は、かつての王宮だとも考えられている。 00897fda.JPG細石神社から三雲南小路遺跡へ向かう。紀元前1世紀頃の伊都国最古の王墓と王妃墓が一緒にある方形周溝墓である。 ここからは2棺合わせて57面以上の銅鏡など貴重な宝器が多数出土している。しかし、今は散逸してしまっている。まことに残念なことである。

5f5e3d5b.JPG産宮神社の入り口で、内倉講師の説明を聞く。祭神は、奈留多姫の命、その母親の玉依姫の命、父親の彦波さ武ウガヤフキアエズの尊である。記紀に伝承のない奈留多姫がまつられていることが、この神社の縁起の深さをうかがえる。 また、この地が大和王権の本貫の地であることを物語っているかも知れない。 c5e0109b.JPG志登神社を訪れる。この神社は、唐津湾と博多湾と挟まれた平野の真ん中に位置する。近くに国指定史跡の志登支石墓群がある。弥生時代は海岸が近くまでせまっていたことを考えると、海と関係が深い神社だと思われる。神社の入り口横の堀に、支石墓がある。

ab6f6e77.JPG大石神社を訪れる。ここはかつての海岸にあたる。波に洗われた大石の上に、小さな石の祠がある。一般的な社はなく、巨石信仰の神社であろう。弥生時代には、ここが海であった証の場所である。神武歌謡にある、伊勢の海の大石にあたると見られる。

ae1630a6.JPG大石神社の大石の上にまつられた石の祠。
83bbc530.JPG 芥屋の大門は、日本最大の玄武岩洞で、奥行き90m、間口10mの洞窟は神秘的な景観を呈している。国の天然記念物に指定されている。玄海国定公園の代表的な観光名所である。玄武岩の柱状節理が荒々しさを際立たせている。 fe048327.JPG芥屋の大門には、岬の東側に三カ所の瀬がある。日本書紀に記された、みそぎを行った場所がここであろう。祝詞には、筑紫の日向の小戸の立鼻でミソギをした。上ッ瀬は速し、下ッ瀬は弱し、中ッ瀬が良し・・とある。まさしく、地形はそのままである。



4b05910e.JPG芥屋の大門を望む鳥居の前にて、フィールドワーク参加者全員で記念撮影。この後、神武が東征したさい通ったとされる「日向」峠を越えて家路についた。
  

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November 26, 2005

久留米農業まつり 中国物産展

fe63a269.JPG久留米農業まつり「中国物産展」によせて
特定非営利活動法人(NPO法人)東アジア交流学院理事 田所 寛和

 今年も11月12日(土)から13(日)までの二日間、百年公園及びリサーチセンタービルにおいて、久留米農業まつりが開催された。

この農業まつりには、久留米市日中友好協会も「中国物産展」を出店している。屋外テントでは中国菓子などを販売し、センタービルでは、中国雑貨・工芸品・衣類・文房四宝などを販売した。物産展の市日中友好協会のコーナーでは、市日中友好協会の一年間の活動を紹介する「日中友好写真展」と「日中友好協会通信」の展示を行った。

a14ef122.JPGこの写真展と通信の展示は、市日中友好協会の活動を振り返るうえでわかりやすいと評判がいい。また、今年は久留米市日中友好協会設立30周年に当たるため、久留米大学・中国人留学生の「王 静」さんに馬頭琴(モンゴル民族楽器)の生演奏をお願いした。

彼女は、内モンゴルの出身で「ドラン」というモンゴル名を持つ、モンゴル族である。「スーホーの白い馬」「荒城の月」「走馬」の三曲を演奏してもらった。訪れた人たちにエキゾチックな音色を響かせて、異国情緒な感じを持ってもらえただろうと思う。また、中国人留学生が身近な存在であることを知ってもらえたことだと思う。

このような活動を通して、現代中国の本当の姿を知ってもらい、お互いに交流が進み理解が深まる機会になれば幸いである。

  
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November 25, 2005

久留米市日中通信VOL23

★久留米市日中友好協会主催の「柿狩り」に86人!★

  ☆福岡中国総領事館からも14人が参加!☆

 11月20日(日)に田主丸町高山果樹園において、恒例の留学生との交流会である「柿狩り」を開催しました。この「柿狩り」には、市日中会員をはじめ久留米大学留学生やパンダの会の学生、久留米ゼミナール留学生、中国語講座受講者、さらには福岡総領事館から14人と、あわせて86人が参加しました。

 主催者を代表して中嶋会長、そして総領事館の「李」領事、久留米大学留学生会の「李」さんがあいさつを行いました。

 柿狩りでは、「五個まで無料!」と言うこともあり、みんなおおきな柿を見つけようと、広い柿園を探し回っていました。

 柿狩りの後は、みんなでバーベキュウをして交流を深め、休日の一日を楽しく過ごしました。

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今年の柿狩りも、中嶋会長のあいさつで始まった。
会長の左隣は、福岡総領事館の李領事。 

0dcc0bb3.JPG
楽しく柿狩りを楽しんでます。
少しでも大きな柿を取りますよぉ〜!
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僕だって、大きな柿をねらってるよ。
高いところの柿が、大きいんだよね?
せいいいっぱい背伸びをして、頑張ってるよ。
9253cbe6.JPG
こっちの柿が大きいよ。
あっ!違う。もっと上のだよ。
女の子たちは、選ぶのが楽しそうでした。


ac990fc7.JPG柿狩りのあとは、恒例のバーベキュウです。
ちょっと煙たいけど、みんなで食べるバーベキュウはとてもおいいしいね。
ビールも進んでたくさん食べてます。

いろんな人と楽しいおしゃべりに、時間が経つのも忘れてしまいました。

◎行事予定(御案内)

12月10日(土) 二胡・馬頭琴クリスマスコンサート(ルーテル久留米教会)18:00〜 チケット.000

12月10日(土) 久留米市日中友好協会理事会・忘年会(天井座敷)17:00

12月11日(日) ピアノ・琴コンサート(柳川総合保健福祉センター)18:00〜.000

12月17日(土) 国際交流懇親会(久留米大学御井学舎)17:00〜.000

2006年2月26日(日) 日中友好「中国音楽の調べ」(石橋文化センター)14:00〜 チケット 一般 前売り.000(当日.500) 高校生以下 前売り.000(当日.500)

 チケット申込み・お問い合わせ TEL・FAX(0942)72-6269 担当:中嶋

 

  
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November 22, 2005

久留米市日中通信VOL22

久留米農業まつり 中国物産展

9bdb8f8c.JPG 2005年11月12日(土)〜13日(日) 久留米リサーチセンタービル

 今年も、久留米農業まつりに、久留米市日中友好協会の「日中友好写真展」を開き、会の活動を紹介する「日中友好協会通信」を展示しました。今年は久留米市日中友好協会設立30周年を記念して、中国内モンゴル出身の「王 静」(ドラン)さんによる馬頭琴の生演奏を開催し、訪れた多くの方々にエキゾチックな音色を楽しんで頂きました。

 また、受付では、「中国音楽の調べ」のチケット販売やNPO法人東アジア交流学院による中国雑貨や無撚糸(むねんし)タオルの販売も行いました。



3ffa7934.JPG 「久留米市日中通信」の展示は、一年間の会の活動の様子が一目でよくわかるので、閲覧者に好評だ。会員も活動を振り返って、今後の活動の参考にしている。

d9750daa.JPG 中国内モンゴル出身の「王 静」(ドラン)さんの馬頭琴の演奏。「スーホーの白い馬」「荒城の月」「走馬」の3曲を披露してくれた。「スーホーの白い馬」は、小学校2年生の国語の教科書にも掲載されている。モンゴルの伝説物語である。

73a55fda.JPG 日中友好協会の受付では、「中国音楽の調べ」のチケット販売のほか、友好団体のNPO法人東アジア交流学院が中国雑貨や無撚糸(むねんし)タオルの販売も行った。  
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November 21, 2005

「中国音楽の調べ」ご案内

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久留米市日本中国友好協会設立30周年記念

久留米市合肥市友好都市締結25周年記念

 「中国音楽の調べ」ご案内

 お待たせ致しました。「中国音楽の調べ」(二胡奏者 趙 国良さん)のチラシとポスターができました。ご入用の方は、実行委員を通してお渡し致します。このブログのコメントに申し込んで頂くとお渡し致します。その際にメルアドなどの連絡先をご記入下さい。また、特定非営利活動法人(NPO法人)東アジア交流学院の事務局(0942-35-2849)に、直接お申し込み頂くこともできます。

  実行委員募集のご案内

 「中国音楽の調べ」実行委員会では、チケットの販売をして頂けるや当日の会場整理などのボランティアスタッフを募集しています。実行委員会は毎月1回開催(次回は12月13日18:00を予定)しています。参加して頂ける方は、実行委員の田所(090-3324-9540)までご連絡下さい。参加をお待ちしています。

  
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November 20, 2005

北京視察 2005.11/9(水)〜18(金)

理事長の部屋・アラカルト

北京今昔


■北京の中心街、王府井の街頭
57a96bd5.JPG◎11月中旬、半年振りに北京を訪ねた。半年振り、といっても半年前はわずか二日間だけの滞在だったから、落ち着いて北京の状況を見るのは何十年ぶりといってもいい。急速な経済発展を続けているだけに、混乱している部分もあるが様相も一変していた。


◎北京国際空港から北京市街までは約30キロ。公営のリムジンを使うとわずか16元(約240円)という安さだ。公営バスは一路線乗り放題で1元(約15円)から2元、地下鉄は全線3元だ。空港から公営リムジンを使って随分節約したつもりになり、悦に浸っていた。


◎だが、落とし穴が待っていた。予約していたホテルの位置がはっきりしなかったので、誘われるままに北京駅から円タクに乗った。20元取られた。次の朝、外に出てみてびっくり。目の前300メートルのところに北京駅の建物がそびえていた。いっぱい食わされたのだ。円タクの運ちゃんはぐるぐる回りをして久しぶり?にカモの味を満喫しただろう。



■中国のシンクタンクである、北京社会科学院の建物(北京市建門大街)
459e2ff4.JPG◎2008年の北京オリンピックを控えて、街角には冷え込んだ中、朝早くからほうきを手にして赤い防寒服に身を固めた人々が大勢出て、道路の清掃作業に精を出していた。メインストリートはほぼきれいな状態を保っていたが、一歩裏通りに入ると、まだごみや痰が撒き散らされていた。


◎買い物は一人では怖くて行けない。値段表示はあってないのと同じ。うっかり店に入ったら手をつかまれて放してくれない。同行してもらった中国人のお陰で300元と表示のあるトランクが180元に。でも後でまだねばるべきだよ、と言われた。値段をめぐって激しい攻防が続く。


◎品質にもまだ問題あった。トランクに付いていた磁石はすぐにはずれて行方不明になったし、縫い代も一部がほころびていたのをホッチキスでごまかしてあった。40年前の発展途上過程の日本を思い出した。


◎でも、中国の人々の多くはとても暖かい。精一杯のもてなしをしてくれる。義理にも厚い。日本人も中国人も、そして朝鮮人も、若干の風俗習慣の違いこそあれ、根っこは皆同じ東洋人であることを再認識した旅でもあった。様々な障害を乗り越えて発展していくだろう。  
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