September 23, 2005

中国山東省古代交流史探訪の旅・報告 その12

 翌日・・・

 いやぁ!・・・昨夜は、送別会で飲み過ぎた。気がつけば、青島ビールの空き瓶が・・・王老師と乾杯(カンペィ)を繰り返した(ほとんど、彼と乾杯していた)だけでなく、乾杯したあとにすぐさまビールを注ぐヤツがいた!私が気づかないうちに背後で待っていて、飲み終わるやいなや絶妙のタイミングでグラスにビールを注ぐのだ。そいつが、この小姉(シャオジェ)だ!

 宴会が終わって(他のみんなは、とうに帰ってしまっていた)、王老師と肩を組んで留学生寮まで帰った。・・・っていうより送ってもらった。寮の玄関で、王老師と別れて部屋に向かった。・・・までは覚えて居るんだが・・・・・・!

 翌日、起こされるまで・・・記憶がない!

 また、やってしまった!

  

Posted by easia at 23:17Comments(0)TrackBack(0)

September 22, 2005

中国山東省古代交流史探訪の旅・報告 その11

0a90d76e.JPG

 いよいよ明日は、青島を離れて帰らなければならない。今夜は、送別会である。青島大学の老師たちに招かれて、送別会の会場の「学術交流中心」に向かった。「中心」とは、日本で言えばセンターのことだが、あまりにも直接過ぎてもっと粋な訳はないのかと思う。

 いつものことだが、別れの宴では飲み過ぎて感傷的になるから嫌いだ。しかし、飲むのは好きだからなぁ・・・断れないんだよね

 などと考えていると、送別会は始まった。

 お世話になった、干副所長、王老師、馬老師、それに通訳の殷さんと一緒に、乾杯(カンペィ)の連続だ!いろいろ親身になってお世話をしてもらったから楽しくて、今夜は余計にビールが入るようだ。Y親子とSは、目でチョーシに乗るなよと威嚇してくる。それでも、今夜は止まらないんだよね・・・笑

cd22dc7a.JPG

 酒宴は、今回の旅の話で盛り上がった。特に王老師とは、競うようにカンペィを繰り返した。

  
Posted by easia at 23:53Comments(0)TrackBack(0)

September 21, 2005

中国山東省古代交流史探訪の旅・報告 その10

bd379e61.JPG

 海水浴場の向こうに、アドバルーンが上がっている会場がある。殷さんに訪ねると、青島ビール祭りの分会場だという。これは、行くしかない!疲れていたはずだが・・・自然に足が速くなる・・・しょうがない。

 会場に着くと・・・ほとんど人がいない!なんで?それでも、一応店は開いているみたいなので、青島ビールのブースに入る。Yさん親子もSも仕方なさそうについてきた。「また、ビールを飲むんだ」とブツブツ言われてしまった。さっそく、焼き鳥とビールを注文する。注文を取りに来た店員に、日本語で返されたのには驚いた。聞けば、青島大学の日本語科の学生だという。通訳の殷さんとは教室が違ったので面識はないようだが、夏休みを利用してアルバイトに来ているのだ。いろんなところで、いろんな出逢いがあるものだと思う。

 飲みながら話していたら、のんべには付き合いきれないと、私だけを残して彼女たちは買い物に行ってしまった。仕方がないので、アルバイトの学生たち別れて、大学に払うお金を銀行に両替に行くことにする。

 もちろん、銀行へもバスに乗る。銀行で両替したら、大学に戻らなければならない。大学へももちろんバスで帰る。そうこうしていると、ビールもさめてしまった。

6abbecb0.JPG

 大学では、王科長にあって支払いを済ませた。留学生寮の宿泊代は、一人一泊90元である。安い!その後、鳥栖から参加のYさんと一緒に、干副所長と話をした。それが済んだら、今度は送別会だ。また、飲めるぞ!明日は帰るし、飲むぞー!




 画像は・・・ブースで出会った青島大学のバイト生の王君と通訳の殷さん  
Posted by easia at 13:18Comments(0)TrackBack(0)

September 20, 2005

中国山東省古代交流史探訪の旅・報告 その9

c248cc5d.JPG

 8/23(火)

 前日に門限を破ったので、起きてすぐに謝りに行った。守衛さんは、昨夜のことは忘れたように、まるで全然気にしていないそぶりで優しく対応してくれた。本当に申し訳なかった。すみません。

 今日は、一日全くのフリーで(私とYさんは午後に用事が・・・)青島市内の観光に出かける。気持ちは青島ビール祭りに行きたかったが、Yさんの勧めもあって「水族館」に行くことになった。

 水族館は、青島大学からバスで行くことにする。バスは、市内であればどこまでも一元だ。クーラーの効いたバスは、二元。バスの路線がわかっていれば、これほど安くて便利な交通手段はない。時間があれば適当に乗って、どこに行くかちょっとした冒険を楽しめる。が、今回は目的地まで直行する。中山公園を過ぎて、魯迅公園で降りると水族館はすぐである。

 水族館では、興味がなかったので余りよく覚えていない。ただ、鮫やエイなどのはく製がたくさん展示してあり、「触らないで」と注意書きがあるにもかかわらず、みんな平気で触っていた。注意に従うのは、僕らくらいかな・・・!いや、触らない人もいたけど、触る人の方が圧倒的に多い!

 ここは広くて、見て回るだけでけっこう時間がかかる。歩き回らなければならないので、疲れた。

 水族館を出て、魯迅公園を歩く。遠くに海水浴場が見える。以前に来たときよりも、人では少ない。夏休み中といっても、今日は平日だもんな。

 ・・・つづく

  
Posted by easia at 13:11Comments(0)TrackBack(0)

September 18, 2005

中国山東省古代交流史探訪の旅・報告・その8

b1768743.JPG二日間でおよそ1500kmの旅を終えて、青島に戻ってきた。久しぶりに食べた海鮮料理は、おいしかったなぁ!Y親子の選択眼は、素晴らしい!食べてる途中で鳥栖から参加したYさんが、青島のお友達に案内してもらってディスコに行こうと言い出した。疲れているはずなのに・・・あぁ、帰りの車で十分に睡眠を取ってたもんね。みんな賛成して、店の前でお友達と会うことになった。

言われた店に着くと・・・なんだか妖しい雰囲気。ここは、ホントにディスコなの?しつこい客引きもいて、ますますあやしい・・・店を間違ったかも・・・?お友達が来るまで、待つことにする。

暫くすると、お友達のA君がやってきた。間違ってなかったようだ。一同ほっと安心して、ディスコに入った。

仲良くA君と・・・ここの店は、ディスコというよりキャバレーに近い。ダンスショーだけじゃなくお笑いのショーもやっていた。けっこう面白い・・・踊りたいSは、「まだ、ディスコタイムにならないの?」と、なにやら文句を言いに行きたそうである。ビールを飲みながらショーを見てA君と話しがはずんだ。ふと時間を見ると11時をまわっている!わぁ!大変だ!大学の門限が・・・あわてて、タクシーに飛び乗った。

留学生寮に戻ってきたら、門が閉められている!守衛さんにさんざん怒られたが、「トゥブゥチィ」を連呼して入れてもらった。なんとか寝る場所は確保できた。よかったぁ・・・

つづく・・・  
Posted by easia at 22:42Comments(0)TrackBack(0)

9月公開講座のご案内

 特定非営利活動法人(NPO)東アジア交流学院

 9月公開講座(月例会)のご案内

 今年度(2005年度)の公開講座は、一回目が「卑弥呼の時代とクニ」魏志倭人伝の謎を解く、二回目は「徐福が探した不老不死の薬は?」徐福渡来を検証するの、いずれも古代史の謎に迫るものでした。

 今回の公開講座は、日本人のルーツに焦点を当て、古代史の謎に迫ります。古代史に関心のある方は、どなたでも参加できます。会員をはじめ、多くの方の参加をお待ちしています。

1.日 時 2005年9月25日(日) 10:00〜

2.場 所 特定非営利活動法人(NPO)東アジア交流学院久留米事務所

       久留米市天神町116永利ビル2−D 0942−35−2849

3.内 容 「古代の日本と朝鮮」 韓人と倭人のルーツを検証する

4.講 師 川井田 豊 NPO東アジア交流学院理事・(株)高千穂産業社長

5.費 用 資料代500円 ※会員は必要ありません。

6.問い合わせ 事務局(田所)090−3324−9540まで

  
Posted by easia at 16:39Comments(0)TrackBack(0)

September 14, 2005

韓国釜山 東州大学短期留学・報告

韓国釜山 東州大学(トンシュデハク)短期留学・報告

0e5e2f6f.JPGこの夏、釜山にある東州大学に2005年8月8日〜14日までの1週間、韓国語の短期留学をされた、韓国語教室受講者・山浦さんの報告です。

今回の参加者は、10人でした。東州大学では語学短期留学を、7月31日〜8月21日までの間で実施されています。参加日数は、受講生が自由に選択できます。午前中は、9:30から3時間、日本語学科の韓国人教授による、韓国語の講座があります。12:30から昼食です。午後は、釜山近郊の観光や韓服体験、キムチ作り、カラオケ大会があります。また、日本語学科の社会人学生の家に、1泊のホームスティも体験することができます。

a8822ac7.JPG短期留学中は、大学の寮に泊まりました。東州大学には観光学科があり、今回泊まった寮の横にホテルが建築中で、今後の語学短期留学生は、今冬か来春からこの新しいホテルに泊まることができます。

今回の短期留学では、とにかく韓国の方の手厚〜い、あつ〜いもてなしぶりに大変恐縮しました。前泊した一日目から、寮の管理人さんが自宅に招待してくれて、夜遅くまで接待して頂きました。最後には、家に泊まっていきなさいとまで言われて感激でした。社会人学生の方々も、遠いところでもたくさん観光に連れて行ってくれたり、「あなたは私たちの家族よ(ウリカジョク)」と言ってくれたり、家に招待されたら、「泊まっていきなさい」と必ず言われました。そして、ごちそうもたくさんいただきました。

3dd77fb9.JPGちょうど8月の独立記念や竹島(ドクト)問題の時期だったのですが、私たちは何の心配もなく、温かく迎えて下さって感謝しています。韓国の方が日本に来られたときは、同じように温かく迎えたいと思いました。今度はもっと韓国語が上手くなって、話をしたいと強く思いました。  
Posted by easia at 14:15Comments(0)TrackBack(0)

中国山東省古代交流史探訪の旅・写真集

ba39d35f.JPG
青島大学留学生寮の門と建物

1ac0fb67.JPG
青島大学留学生寮の部屋
ホテルなら三つ星クラスに相当

c53a13fa.JPG
青島大学での歓迎会

2dcbbc79.JPG
瑯耶台の資料館

3b6778c6.JPG
両手を広げて立つ始皇帝像

04f816a1.JPG
徐福像

9cb88d07.JPG
斎堂島と漁船

e4126b4c.JPG
蓬莱島を指さす始皇帝

0036bf54.JPG
遊覧船から青島市街を眺める

d7c57dfd.JPG
すぐに長い車列ができた・・・
事故があったらしい

6a38b2db.JPG
マイクロバスの残骸
乗客は・・・?

e3e583d9.JPG
孔廟の入り口
観光客であふれている

656e9a1d.JPG
孔子廟 本殿

79d6cb98.JPG
鼓楼

60cff697.JPG
ホテルでの食事

孔子の墓標
山頂にある孔子の墓標

馬車
馬タク?

  
Posted by easia at 13:44Comments(0)TrackBack(0)

September 13, 2005

中国山東省古代交流史探訪の旅 その7(四日目)

泰山に登るロープウェイ22日(月)



今日は、いよいよ泰山に登る。今回の旅のメーンエベントである。ホテルをチェックアウトして、ワゴンに乗り込み出発。



出発して暫くすると、ガイドの宋さんとドライバーの劉さんがなにやら険悪な雰囲気。何か宋さんがののしっている様子。劉さんが「とぅぃ ぷー ちぃ〜!」と、仕方なしにはき出すように言う。何かあったのか・・・?また、道を間違ったようだ。一回りして、宿泊したホテルの前を通過する。ここで、みんなも気が付いた。まぁ、ご愛敬ですね。右折するところを、左折しただけですから・・・笑



中天門駅より泰山泰山に登るルートは、ロープウェイだけでも3ルートある。以前、登ったことがあるルートとは違ったところに着いた。ここからは、シャトルバスでしかロープウェイの駅へは行けない。入山制限をしているようだ。



南天門に続く階段泰山は、中国でもっとも有名な山である。中国五大名山の一番目に位置する。標高がわずか1545mである泰山が、なぜ一番なのか?それは始皇帝以来、中国の歴代皇帝が封禅の義の儀式を行い、天と地が結合しているところだと言われているからである。泰山が安らかであれば、天下は安らかになると言われている山である。歴代皇帝たちが、輿に担がれて登った8000段近くの道はあきらめて、もちろんロープウェイに乗る。



シャトルバスで30分ほどで、中天門の停留所に着く。ここからロープウェイの中天門駅まで、100mほど急勾配の階段を昇る。これが結構きつい。車道があるんだから、駅までバスを走らせてほしいんだけど・・・



ロープウェイは、絶景である。天気が良かったので、泰安の街まで一望できた。高所恐怖症の方は、ご遠慮頂くしかない。と、思えるほどの高さを通る。わずか十数分で南天門駅に着くが、まだこれから徒歩で登らなければならない。南天門は、天国への玄関口だと言われている。これをくぐれば、仙人になれると・・・?南天門から、下界へのびる階段を眺めると、天秤棒に荷物を担いだ人が登ってくる。階段を登れば、5時間はかかると言われたのを思い出した。この人たちは、いつ登り始めたの・・・?



南天門から山頂への参道山頂までは、だらだらとした参道が続く。快晴で、眺めが素晴らしい。前回は天候が悪く、ガスっていて何も見えなかったので余計に感動する。「太好了!」


山頂には、社?がある。中央に1545mの石碑が置かれている。少し離れたところには、中国気象庁の測候所もある。直ぐ下には、ホテルもある。・・・名前がいい!「神憩飯店」だって・・・すごくいいなぁ!



南天門より階段を見下ろす山頂付近からの眺めは、素晴らしかった。みんなと離れて、日の出を眺める場所へ向かう。そこへ行くには、太陽の形になった門をくぐり抜けて行く。ちょっと歩かなければならないので、中国人の観光客も行く人は少ない。行けば、当然絶景が広がっている。



眺めていれば、キリがないので下山する。天気がいいので、泰安の街を見ながら南天門駅まで戻る。本当に素晴らしい景色である。



中天門駅まで降りてきて、シャトルバスを待つ。なかなか来ない。バスはたくさん停まっているんだけどなぁ・・・もしかして、昼休み?運転手さんが、昼飯をかかえて事務所へ消えて行く・・・やっぱり!ぼくらも腹減ったよぉ〜・・・ガイドの宋さんが、「少し待ってて」と、階段を登っていく。暫く待つと、シャトルバスが降りてきた。ありがとう宋さん。ガイドさんは体力が必要です。



山頂にある石碑泰山を下山して、泰安で少し遅い昼食をとる。食べ終わったら、高速道路を6時間くらいかけて青島に戻ることになる。ドライバーの劉さんには、大変ハードな二日間だよね。



青島までの帰り道は、当然、防風林とトウモロコシ畑の連続で、単調な旅だった。途中のサービスエリアの売店に、青島ビールが有ったのには嬉しかったなぁ。Sちゃん、差し入れありがとうね。日本のサービスエリアには、絶対アルコール類はないんだけどね。あとは青島に着くまで、みんな寝てました。ドライバーの劉さん、ごめんね。



宋さんとドライバーの劉さん青島に着くと、彼女たちともお別れだ。海鮮料理のレストランまで送ってもらって、お別れをした。二日間で、約1500kmを運転してくれた劉さんと握手をする。そして、みんなで記念撮影。案内をしてくれたガイドの宋さん、ありがとう。一人で運転してくれたドライバーの劉さん、お疲れ様。二人のおかげで、いい旅ができました。



つづく・・・
  
Posted by easia at 12:32Comments(0)TrackBack(0)

September 12, 2005

中国山東省古代交流史探訪の旅 その6

冷たいビールとぬるいビール

 21日夜、泰安の街に着く。泰山の麓に広がる、人口533万人の都市である。であるが、市域が7762平方?で宮崎県とほぼ同じなので、あえて大都市とは呼ばない。中国は広い!日本と違って、市と言っても県と同じと考えた方がわかりやすい。市街地の人口は10分の1くらいかな?例によって、ガイドの宋さんとドライバーの劉さんが迷いながら、やっと泰安新大都飯店に到着。お腹すいたよぉー!

 ホテルのレストランで、遅い食事をとる。さっそくビールを注文。生ぬるいビールが出てくる。以前の中国では当たり前だった生ぬるいビールだが、最近はどこも冷えたビールを出してくれるんだけど、ここは違うみたいだ。冷えたビールを注文すると・・・「8元です。」だと!大抵どこでも5元なのに・・・!出た!冷やし賃を上乗せした商売だ。いや、「冷やしたのは、量が多いです。」と来た。たしかに、冷えたビールは、ちょっと大きめのボトルだったが・・・せこいこと言わないで、楽しく飲めばいいのにね。大瓶を100円で飲めるんだから・・・

 食後、夜の街に繰り出す。でも、近くをブラブラしただけ・・・

  
Posted by easia at 11:27Comments(0)TrackBack(0)

September 05, 2005

中国山東省古代交流史の旅・その5

76d59836.JPG

 孔子は、中国春秋時代の思想家で、儒教を開いた人だ。B.C551年に魯の国(山東省曲阜)に下級武士の次男として生まれ、B.C479年に亡くなったとされる。釈迦と同時代を生きた人で、それに、当時としては長寿の人である。仁・義・礼・智・信に基づいた正しい徳による政治を行うことで、世の中を安定した社会にすることをめざした。孔子の言葉(思想)をそのまま後世に伝えるものとして、彼の弟子たちが編纂した「論語」がある。

 まず、孔子廟を訪れた。曲阜の旧市街には、本殿より高い建物は建てられていない。孔子を尊敬しているためだと聞いた。広大な敷地に数多くの建物が、南北に配列されている。ガイドの宋さんに説明されながら、孔廟を散策した。

 孔廟を後にして、孔府へ向かう。途中、時を知らせるのに用いられた「鼓楼」を眺める。孔府は、孔子一族が生活した住居である。現在でも、曲阜の人口の20%は、孔子の子孫なんだそうだ!また、孔という姓の人が7割をこえるらしい・・・ほんまか?

 孔府から孔林へは、ワゴンで移動する。馬車タクシーに乗りたいなあ〜と思っていたが・・・孔府を出ると、物売りや輪タクなどの売り込みと物乞いがうるさくて・・・ワゴンに飛び乗るはめになった。

 孔林は、孔子一族代々の墓があるところだ。広大な敷地のうっそうとした森の中に、数万の墓石があると言われている。孔林に入るまで、長い参道の両側には露店が続いている。ここは、孔子の墓墳だけを訪れる。あまりにも広いので、あとはパスする。だって、墓石だけしかないもんねぇ・・・それに、蚊も多いし・・・

 曲阜をあとに、泰安へ向かって移動する。また、高速道路で一時間ちょっとだと・・・今日は、移動距離が長い!

 つづく・・・ 

  
Posted by easia at 17:29Comments(0)TrackBack(0)

September 04, 2005

中国山東省古代交流史の旅・その4

ef5dfb83.JPG

 8/21(日)

 曲阜へ出発。今日は移動時間が長い。曲阜までおよそ6時間の予定だ。曲阜で昼食を食べるつもりなので、7時に大学を出発した。

 曲阜までの長い道のりは、最近とても充実してきた高速道路を利用する。はじめのうちは周りの景色を楽しんでいたが、朝早く出発したからかみんなウトウトし始めた。車窓から見えるのはほとんど防風林だけ、それもポプラの木が五重六重に植えられていて、遠くの景色はほとんど見えない。時々、合間から見えるのはとうもろこし畑ばかりである。遠くに小さく農家が見えるが、あまりにも遠いので収穫したトウモロコシをどうやって運ぶのだろうか?と余計な心配をしてしまった。畑の周りには軽トラックなどが通れるようなあぜ道すら見あたらなかったからである。山間部にはいると多少は変化もあるが、よっぽど興味がない限り見飽きてしまう。おしゃべりも一時間あまりで、車内は静かになっていった・・・

 ふっと気が付くと、ドライバーの劉さんもふねをこぎ出した!「こりゃ。やばい!」通訳の殷さんを起こして、トイレ休憩は?サービスエリアは?ガムはいらないか?等々、ドライバーに話しかけて、居眠り防止に努めることになった。「朝、早かったもんなぁ・・・」

 そうこうしていると、前方の車が路肩によって止まっている。私たちのワゴンも路肩によって止まらなければならなくなった。あっという間に、車の長い列が後方にもできてしまった。前方を見ると、どうも事故があったらしい・・・ドライバーの劉さんは、「2キロ先で、事故があったみたい」と言う・・・!よく見えないのに、何で2キロ先ってわかるの?あとで、本当に2キロ先のところに事故車があって驚いた!「目が、いいんだね!・・・」

 サービスエリアには行き着かず、高速道路上での休憩になった。みんな考えることは同じみたいで、女性たちは高速道路から降りて、畑の中への大移動が始まった。私たちのグループも、遅れないように続いた。連れ○○○仲間の団体行動が、不思議な連帯感を生んでなんとも微笑ましい。・・・が、Yさんに思いがけないアクシデントが発生した。畑に行く途中で有刺鉄線に引っかかって、右の目の上を切ってしまった。応急処置で止血できたので、軽傷で済んで良かった。旅慣れたYさんは、止血の薬もちゃんとバックに入れてあったのだ。旅のベテランは、さすがに違うね!この高速の事故でいろいろあって、みんなの眠気もなくなってしまった。もちろん、ドライバーの劉さんも・・・

 事故現場を通ると、大型のトレーラーが中央分離帯の近くで止まっている。路肩の方には、マイクロバスが横転してつぶれていた。バスの屋根の部分が、大きく開いている。乗客たちはどうなったのだろうか?荷物の残骸が散らばっている。高速道路の事故は、怖いなぁ〜・・・!事故による足止めは、幸い一時間足らずですんだ。

 事故現場から一時間ほどでサービスエリアに到着。「う〜ん・・・!ここまでノンストップで走るつもりだったの?」途中にあったパーキングエリアは閉鎖中だったし、ここまで三時間近く、休憩できない高速道路だったんだなぁ・・・!この後も休憩できなくて長い時間走るんだと思うと、自然にトイレに足が向かう。しかし、トイレの水が出ない!流されていない、忘れ物が残っている。そういうことも、ままあるのが中国だと思っているが・・・女性たちは、半分諦めていた。そこに長距離バスが、数台入ってきた。バスの乗客たちが、団体でトイレに向かって行く。すると、トイレの水も流れるようになった。・・・?えっ!団体客が来ないと、水を流さないようにしているんだ!節水が徹底されているんだぁ!団体さんと一緒にならないと、水を流してもらえない、サービスエリアのトイレでありました。

 青島から高速道路を7時間ちかくかけて、ようやく曲阜に到着。とっくに一時をまわって、二時前にレストランに入ることができた。ここで腹ごしらえをして、曲阜の街を見て回る。曲阜は、孔子の故郷。孔廟、孔府、孔林に行くつもりだ。市内に入ると、一台の車が近づいてきて大声で呼びかける。ドライバーの劉さんとガイドの宋さんが、笑いながら受け答えをしている。一般の旅行者と思って、「曲阜を案内してあげる」と、盛んに売り込んでいる。ガイドが地元のガイドを頼む事は、もちろんない。彼女たちにもプライドがある。観光客と間違われた彼女たちは、笑って手を振るしかなかったのだろう・・・

 つづく・・・

 

 

  
Posted by easia at 08:23Comments(0)TrackBack(0)

September 01, 2005

中国山東省古代交流史の旅・その3

b15d076d.JPG

 つづき

 山登りの後は、当然お腹がすく。すぐに近くの酒店(レストラン)へ・・・

 瑯耶台は、海鮮料理が有名でおいしいところだ。中華料理が口に合わないY親子も、箸が進んでいる。よかった!せっかく中国に来て、中華料理を食べられないなんて・・・不幸だと思う。この近くの海で獲れる海の幸には、初めて訪れたときにびっくりさせられたことがある。それは、私たちの故郷、有明海の海の幸が出てきたからだ。「あげまき、しゃっぱ、くっぞこ、かに・・・」まったく同じだ!いにしえの時代に、このふたつの海には何か関係があったのでは?もしかして、徐福一行が、そのタネを運んだのか・・・?有明海と瑯耶台の海には共通することがある。両方の海は、干満の差が大きく遠浅の海が広がっていることだ。2200年ほど前の徐福一行が持ち込んだとは言えないが、同じような環境が現在も同じ海の幸を育んでいるのだろう。だが、この同じような環境に、徐福一行は郷愁の念を覚えたに違いない。自分たちが食べ親しんできた海の幸が、遠く離れた有明の海にあるのだから。

 さまざまな思いを抱きながら、また、食べ過ぎてしまった。

 瑯耶台からの帰り道は、遠かった。なぜなら、往路で見た装甲車の隊列がいよいよ演習の準備に入り、交通規制が始まったのだった。海岸線を通る、美しい海辺の道が通れない!仕方なく遠回りをして、ようやく湾岸高速に戻ったのは、夕方近くだった。それでも、運転手さんは高速をとばしてくれて、青島には明るい内に帰り着いた。それをいいことに、遊覧船に乗って青島を海から眺めることにする。ガイドさん、無理を言ってごめんね。

 初めて、海上から青島市内を眺めた。高層ビルが建ち並ぶ市街。その合間に古い建物が残っている。旧市政府の建物、二つのクルスが目印の教会、丘の上には、毛沢東や周恩来が泊まった迎賓館・・・全体的に赤い屋根瓦にクリーム色の外壁。緑も多く素晴らしい眺めである。もっと早く、遊覧船に乗れば良かった。夕刻がせまっているが、桟橋は人々でにぎわっている。遊覧モーターボートに水上バイク、パラセールを楽しんでいる人もいる。遠くに見える海水浴場にも、まだたくさんの人々が・・・!夏の青島をみんな楽しんでいるんだなぁ・・・

 遊覧船を降りてから、時間が来ているのもかまわずに、無理を言って大学ではなく青島ジャスコまで送ってもらう。またまたごめんね。この日は、明日の約束をして、ガイドさんたちと別れた。

 青島ジャスコは、私たち東アジアのメンバーならよくご存じの、いわゆる行きつけのスーパーである。夕食は、なんと!九州名物「味千ラーメン」!なんで青島で「味千ラーメン」・・・?だけど、店の中は中国人でいっぱい!日本で食べるのと大して変わらない。少々、豆板醤の味が強いかな?食後はショッピング。ここジャスコは、旅行に必要な生活必需品は何でもそろう。私は、もちろん青島ビールにつまみや、フランソアのパンなどを仕入れる。最近はパック入りのすしや刺身も手にはいる。生ものを食べない中国人が、すしはともかく刺身なんて買うのかな?とりあえず、すしのパックを買ってみた。それぞれ、両手にいっぱいの買い物袋を抱えて大学の宿舎に帰った。

 明日は、孔子の都、曲阜に出発である。

  
Posted by easia at 23:16Comments(0)TrackBack(0)