August 31, 2005

中国山東省古代交流史の旅・その2

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 8/20(土)

 昨日、食べ過ぎ・・・?いや、飲み過ぎた!・・・ため、朝食は学生食堂へ行く。かゆと目玉焼きのみ。今日は、徐福が不老不死の薬を求めて旅立ったといわれる瑯耶台へ、古代交流史探訪の旅に出発!

 青島大学を8時に出発。湾岸高速を一路、瑯耶台へ向かう。途中、黄島や紅島という地名も・・・紅・青・黄・・・信号機じゃない!光の三原色でもない!

 瑯耶台に近づくと、人民解放軍の装甲車がいっぱい・・・?中露共同軍事演習だって?そういえば、青島空港にもロシアの戦闘機と哨戒機が並んでいたのを思い出した。「こんな、風光明媚なところで演習しなくてもいいのに!」という思いが脳裏をよぎった。

 二時間後、瑯耶台に到着。以前に来たときよりも観光地らしくなってる。チケット売り場も新しいし、案内の若いガイドが付く、しかも記念館まで建っていた。入り口正面には、始皇帝の石像が建てられている。両手を大きく広げているのは、観光客を歓迎しているのか・・・?それとも、不老不死の薬を待ちこがれているのか・・・?記念館の中には、瑯耶台を訪れた歴代皇帝の年表や、時代ごとの地図が展示されている。展望台からは、以前訪れたことがある斎堂島が見えた。島の周りには、数多くの漁船が停泊しているのが見える。今日は休漁日?漁師も週休二日?以前来たときの子どもたちは、今頃どうしてるのかなぁ・・・

 次は、徐福堂に向かう。ここには、徐福の座像がある。知的な穏やかな顔で座っている。まあ、誰も会ったことないから、どんな顔をしていたのかわからないし、これで十分だよね。それに、青島大学の教授が寄付した青銅器や陶器類が陳列してあるが、素晴らしいコレクションなのに保存状態が悪いのが残念。ここには、日本の和歌山県新宮市からの記念碑が建てられている。新宮は徐福が上陸したとされる場所のひとつで、最近は徐福公園まで作られていて、徐福を観光資源として生かしているところだ。

 徐福堂からは、階段と坂道が頂上まで続く。途中の展望所で小休止。必要以上に荷物を持っているので、汗びっしょりになった。運動不足を痛感することとなった。たしか、前に来たときも同じ事を思ったっけ・・・?進歩しないなぁ・・・

 ようやく頂上に到着。高校生のMちゃんは、「興味もないのに、こんなとこに連れて来て!」と、超ごきげんななめ。ここには、徐福が始皇帝に不老不死の妙薬を探すことを上申している石像がある。始皇帝が指さしている方向に蓬莱島があると考えられている。指さす方向にある島は、日本列島しかない!上申している徐福の顔は、非常に険しい顔をしている。始皇帝を、不老不死の妙薬を探すとする計略を見破られないか、心配しているのだろうか?そのような解釈で作られている感じがする。実際、史記には、旅だった徐福は戻らなかったと書いてある。うまく始皇帝を騙して、航海に必要なすべてのものを調達したとしか考えられない。徐福だけでなく、戦乱の大陸から周辺部に逃れた人々は、歴史書に記載されていないだけで、数多くいたと考えられる。

 帰りは、電気自動車で下山した。こんなのがあるなら、登りに利用すれば良かった。・・・後悔先に立たず・・・かぁ!

  

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August 30, 2005

中国山東省古代交流史探訪の旅・その1

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中国山東省古代交流史探訪の旅・その1        NPO東アジア交流学院2005年度事業

2005.8.19〜8.24

毎年行ってきている、交流事業です。

8/19(金)

 福岡空港集合。今回の旅は、いつもの直行便ではなく仁川経由で青島へ向かった。あいにく、いつものエコノミーが取れずにビジネスに・・・だけど、嬉しい!

 青島空港に到着!いつものように青島大学からのお迎えが・・・!あれっ?誰もいない!なんで?あわてて大学に電話を入れると・・・「えっ!今日だった?」「うっそー!メールしてたじゃん!」・・・仕方ないので、とりあえずバスで青島市内へ!終点の海天ホテルに、大学からの迎えの車が来ていた。ようやく、大学の留学生宿舎に到着して・・・ひと安心。

 部屋は、まだ新しく清潔な感じである。荷物を置いて、しばし休息。Y親子は宿舎の散策に出かけるが、私は、大学の売店に買い出しに行く。労山水(労山のミネラルウォーター)は必要アイテムだ。ついでにアイスも・・・

 夜は、大学側の招待で歓迎食事会。史老師、王老師、馬老師たちが歓迎してくれた。いつも「ラオポンユウ」とビールを勧めてくれるので、この日も飲み過ぎてしまった・・・?飲み過ぎ、食べ過ぎに注意! 

  
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August 18, 2005

韓国語教室 10月期生募集

NPO東アジア交流学院 初級韓国語教室10月期生募集

○概要
 費 用 月 4,000円
 日 時 月4回 毎週土曜日(第5週は休み)
      13:00〜14:50(50分×2)
 講 師 朴 龍圭・崔 成基(久留米大学日本語別科)
 場 所 NPO東アジア交流学院事務所 0942-35-2849
 連絡先 事務局 田所 寛和 090-3324-9540携帯  
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August 17, 2005

合肥市中学生友好訪日代表団との交流

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 先日、合肥市中学生友好代表団の引率者たちとの食事会を行う機会があり、参加しました。場所は、「梅の花」でした。男性2人、女性2人の4人を、久留米市日中友好協会で招待しました。

 中国人に薄味の豆腐料理が口に合うか、久留米市日中友好協会の中嶋会長は心配してありましたが・・・結果は、「珍しい味付けで、とてもおいしいです。」と、すべての料理がなくなり杞憂に終わりました。会長も終わりの挨拶の中で、「全部食べて頂いてホッとしただけでなく、大変嬉しい。」と上機嫌でした。

 食事中は、久留米に来てみた感想や、会員が中国に行った時の感想等、様々な話題で盛り上がりました。

 合肥市第45中学副校長の李さんは、久留米水の祭典のパレードに参加して「大勢の人々が、にぎやかに楽しんで参加している姿に感心した。」と感想を話されました。

 また、合肥市第46中学校長の黄さんは、「大きな通りの交通を止めてパレードをしてあることに、大変驚きました。」と、言われたので、「いや、まだ今もそろばん踊りやよさこいをやってますよ。」と、教えたら、「ぜひ、見てみたい。」と大いに関心がある様子でした。

 もちろん、食事会が終わって、みんなで見学に行きました。

 毎年、友好都市の合肥市からは、中学生がホームスティをして、久留米の中学生たちと交流をしています。また、久留米からも合肥市に、中学生が親善大使として交流し友好を深めるために行っています。このことがお互いの理解を深めて、将来のより良い日中関係を築くことになればと考えます。

 

 

  
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August 12, 2005

7月公開講座

 7月24日(日)10:00〜 NPO東アジア交流学院事務所

 「青少年交流の旅の原点を語る」 

 講師 田所寛和 NPO東アジア交流学院

 NPO東アジア交流学院として活動の根幹を成しているのが、夏休みを利用して中学生・高校生を中心に行っている「青少年交流の旅」です。

 初めて、子どもたちと一緒に訪れた中国の地は、青島です。現在でも、中国語の短期留学などでお世話になっている青島大学の協力を得て実施できました。公開講座では、最初に訪れた青島での交流のビデオを見ました。今年も青島を中心に、古代交流に関係の深い史跡を訪ねます。未来を担う子どもたちに、実際に自分の目で確かめて貰うことで、現在の中国を理解してほしいと思っています。残念なことに、最近の中国での「対日感情」の悪化を事さらのように報道するメディアの影響で、日本国内では中国へ旅行することを懸念する声が高まっています。久留米市が行っている「中学生合肥友好大使」への応募も定員割れをしています。行政が行う、友好都市を締結している合肥市への訪問に対してもこのような状況です。実際はどうなのか?是非、自分の目で確かめて貰うことが大切だと考えます。

 「一人の日本人が、百人の中国人と朋友になり、十人の韓国・朝鮮人とチングになっていれば、過去の戦争や植民地支配はなかっただろう。」というスローガンを、NPO東アジア交流学院では語り継いでいます。個と個の本当のつながりが、今後も平和な友好関係を続けられると考えています。

  
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宋君送別会

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 8月5日、韓国語教室講師の宋君送別会を、筑後川河川敷で行いました。当日は水天宮花火大会もあり、打ち上げ花火を見ながらのバーベキュウに舌鼓を打ちました。中国語教室の仲間たちも参加して、語学教室の交流の場ともなり、韓国語、中国語、日本語が飛び交い大いに盛り上がりました。

 講師の朴君は、「こんな大規模な花火大会は、韓国ではありません。」と、感激していました。

 また、中国語教室講師の顧さんは、「久留米に来て6年になりますが、水天宮花火大会を初めて見ました。」と、こちらも花火を堪能されたようです。

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 今年の花火は、打ち上げ会場が二カ所に分かれたのもあり、今までの1.5倍の18.000発が打ち上げられ盛大になった感じがしました。バーベキュウの場所が会場から離れていたので、仕掛け花火が見れなかったのが残念!

 

  
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August 11, 2005

6月公開講座報告

【徐福が探した不老不死の薬とは?】 6月公開講座要旨

6月公開講座1■講師
宇田整骨院長・東洋医学研究会会員
宇田明男さん

整骨院を営むかたわらこの十数年、自らの足で北部九州の神社や徐福伝承地を訪ね歩き、資料を探索する日々を送り研究に没頭した。

 
6月公開講座2
◎ 要旨
紀元前3世紀に中国・秦の始皇帝の命令で童男童女3000人、各方面の技術者とともに日本に渡り、不老不死の仙薬を探したが中国に帰らず,そのまま日本に留まって「王となった」という医学博士、地理学者、天文博士?(方士)の徐福は、なぜか日本の史書にまったく登場しない。中国では徐福のことは事実であったということが、遺跡や伝承,一族の存在などから確かめられている。日本の「正史」がいかにゆがんでいるかのひとつの例であろう。

徐福のことを記した「肥前州古跡縁起」では、一行は筑後川の河口、現在の佐賀県諸富町寺井の津に着いた」とされる。福岡県八女市には難破した一行を、たき火で体を温めて助けた、との伝承があり、今も祭りとして伝えられている。筑後川流域の神社には、多く河童の姿をした人形が、中国風の姿をした人と並んで祭られている。河童は現地人であると思う。日本には徐福に関する渡来伝承が32箇所で伝えられており、徐福の配下が列島のあちこちに散らばって仙薬探しをしたことを伝えている。

最も詳しく徐福らのことを記録しているのは「富士古文書」である。これには同行した人々の名前や、上陸後の行動が日付入りでくわしく記録されている。諸富町に来たのは徐福の三男、徐林だという。この古文書も「偽書である」とされている。「正史」にとって中国との関係はタブーだったのだろうか。

秦の始皇帝が求めた不老不死の仙薬が何であったかはよくわからないが、中国で漢代以降にはやった仙薬は、硫化水銀や鉛、薬草などを調合したもので、むしろ体に悪く、発狂する人や死亡例が多かった。佐賀の背振山地などには「クロフキ細辛」という珍しい薬草が自生している。長期使用すれば通じが良くなり長生きするとされる。これも候補のひとつであろう。  
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久留米市日中通信 VOL.19

−−2005.8.7(日)久留米市日中友好協会発行−−

★合肥市中学生友好代表団来久!8月6日!★
8月4日(木)久留米市水の祭典パレードに参加・・
日中7/19-1
 7月3日(水)桑団長をはじめとする、合肥市中学生友好代表団24人(引率者4人、中学生20人)が、久留米市との友好交流を深めるために来久しました。代表団は、翌日4日(木)の水の祭典パレードに参加しました。合肥市中学生友好代表団の中学生たちは、3日〜7日までの5日間、市内の中学生の家にそれぞれ「ホームスティ」して交流し、友好を深めました。6日(土)は、久留米市庁舎くるみホールにおいて「サヨナラパーティー」が行われました。代表団の中学生たちは、7日(日)に帰国しました。

 そして、15日(月)からは、久留米市中学生友好代表団(合肥友好大使)21人(引率者3人、中学生18人)が訪中します。今回、来久した中学生たちの家庭に「ホームスティ」します。


久留米市日中は歓迎夕食会 (8月4日) 
日中7/19-2日中7/19-3
 8月4日、市日中では、合肥市中学生友好代表団の引率者4人の歓迎夕食会を行いました。桑団長をはじめ、光さん、黄さん、李さんたちと食事をしながら交流を深めました。

◎ご案内(予定)
◎9月10日(土) 久留米市日中理事会 国際交流サロン  
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久留米市日中通信 VOL.18

−−2005.8.7(日)久留米市日中友好協会発行−−

★合肥市少年サッカー代表団来久!7月22日!★
7月22日(金)筑後川安武河川敷グランドで・・
 7月22日(金)劉団長をはじめとする、合肥市稲香村小学校少年サッカー代表団22人(引率者7人、選手15人)が、久留米市少年サッカー大会に出場するために来久しました。 23日(土)には筑後川安武河川敷グランド、24(日)には鳥栖スタジアムにおいて試合を行いました。合肥市稲香村小学校少年サッカー代表団の選手たちは、市内の少年サッカーチームの選手の家に、それぞれ「ホームスティ」をして交流を深めました。そして、26日(火)に帰国しました。


◎ご案内(予定)
◎8月15日(月)〜22日(月)
「合肥友好大使(久留米市中学生訪中団)」訪中

◎8月31日(水)〜 9月 8日(木)
「2005年日本青年交流代表団」訪中
本多 進一郎(久留米大学大学院生)君を派遣!

◎9月10日(日)
久留米市日中理事会 国際交流サロン  
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